ぼくはもともと大学の時にはいわいる動物のお医者さんには興味がなく、研究職を目指して基礎系の研究室で勉強をしていました。
ぼくが通っていた研究室は主にウイルス性の疾患を主に研究しているところです。
ぼく自身は猫エイズのワクチンの治験に参加しながら、猫のエイズや免疫学についての勉強を行っていたのですが、他にも猫伝染性腹膜炎のワクチン研究が同じ研究室で行われていました。
猫の3大ウイルス疾患といって、猫の白血病、猫のエイズ、そして猫伝染性腹膜炎は治癒させれることができない病気として知られており、そのうち猫伝染性腹膜炎はもっとも厄介なウイルス疾患と言われています。
研究室に通っていたころは猫伝染性腹膜炎が臨床現場においてもそれほど厄介なものとは思っていなかったのですが、いざ動物病院で診察をしているとかなり深刻な状況だということを強く感じています。
今回の記事ではこの猫伝染性腹膜炎についてご説明したいと思います。
猫伝染性腹膜炎とは?
猫伝染性腹膜炎は猫伝染性腹膜炎ウイルス、略してFIPウイルスの感染によって引き起こされる一連の疾患です。
症状から、腹水や胸水が溜まるウエットタイプと胸水などが見られないドライタイプに分けられるなどと言われていますが、個人的にはこれはあまり正しくないと思っています。
(ぼくの大学時代は動物実験に対してのリテラシーが今とだいぶと違っていたので、それがいいのか悪いのかは別にして・・)研究室の中で実験的に感染させられた多くの猫たちを見てきた経験と、長い間に臨床の現場で猫伝染性腹膜炎を引き起こした猫たちを見ていると、多くの場合はウエットタイプとドライタイプの混合タイプと、純粋なドライタイプに分かれるというのがぼくの意見です。
猫伝染性腹膜炎ウイルスは猫の免疫系統を狂わせる特徴があり、その結果として様々な症状がみられるようになります。
どちらのタイプの猫でも発熱が見られ、食欲不振、元気はありません。
腹膜炎を起こすことが多いのですが、感染性ではないので痛みはなく、下痢はそれほど頻発というわけでもなく、ただただだるそうにしているのが共通して言える症状だと思います。
特徴的な症状は腹水が見られるということなのですが、見られないか、もしくはごく少量の場合もあり、かなり末期にならないと猫伝染性腹膜炎だと断定できないこともあります。
大学時代からの長きにわたる経験則から、セカンドセレクトでは以下のような症状が見られたら、猫伝染性腹膜炎を強く疑っています。
元気や食欲がなく、体重の減少が見られ、血液検査上では腎臓や肝臓などに特に原因と思われるような異常が見られない猫の中で・・・
- 濃い黄色のとろみのある腹水や胸水が見られる。
- くしゃみや鼻水も見られないが、持続的な発熱が見られる。
- 血液検査総蛋白の値が非常に高い
- 肝臓の血液検査の値は正常なのにもかかわらず、黄疸が軽度に出始めている
- 発熱が貧血とともにみられる
- コロナウイルスの抗体価がそれなりに高い
またまれにはなるのですが、腹水は全く見られないのですが、後肢麻痺や攻撃的な性格にかわってしまうという神経症状もみられることがあります。
もちろんそれ以外にも当てはまる項目はあるのですが、こういった症状があった場合は慎重に対応していきます。
なぜ厄介なのか・・
猫伝染性腹膜炎が厄介なところは、今のところ診断方法、予防法、治療法がないということです。
予防法や治療法がない病気は世の中にいっぱいあるのですが、診断方法もないというのは病気の中でもまれなものだと思います。
診断方法がないということをもう少し具体的に言うのであれば、FIPウイルスとFIPウイルスの兄弟関係にある病原性の非常に弱い猫コロナウイルスと区別がつかないというところです。
この2つのウイルスは動物病院で行える抗体検査では区別は全くつかないうえ、遺伝子レベルの違いもまたく区別がつきません。
一方で猫伝染性腹膜炎にかかっていたであろう猫から分離したFIPウイルスを他の猫に感染させても、猫伝染性腹膜炎を発症しないこともあります。
さらに仔猫のころから飼い始め、一度も他の猫との接触はないのにもかかわらず、4,5歳になっていきなり発症したというケースもあります。
したがって、猫伝染性腹膜炎を発症するのがウイルス側の特性なのか、猫の体質の問題なのかすらもよくわかっていなのです。
臨床現場で一番難しいことは、猫伝染性腹膜炎の検査は血液の抗体価を計測して行うのですが、8割の猫がもともと病原性の弱い猫コロナウイルスに対しての抗体を持っているため、検査をするとほとんどの猫に陽性もしくは擬陽性の判定が出てくることです。
その時点で猫伝染性腹膜炎の特徴的な症状があれば診断はしやすいのですが、自覚症状に乏しい場合、診断がつかないとため、飼い主様に不要な不安を長く抱かせないといけないということです。
飼い主様によっては数年の間、ずっと検査を定期的に行っていた方もいらっしゃいました。
一般的な余命としては発症が見つかってから60日から90日程度であることが多いので、もし抗体価が高かったとしても3か月以上無症状であれば、後は経過観察でいいと思っています。
セカンドセレクトでの治療法
よく飼い主様に「腹水を抜いた方がいいですか?」と聞かれることがあります。
基本的には腹水を抜く必要はあまりないと思います。
ただ、腹水の量が多くなると少し便が緩くなる傾向があるのと、体力が弱ってきた猫はお腹が重いので極端に動きが悪くなります。
こういった時には腹水を抜くことを提案します。
また腹水が溜まっていると、補液などを敬遠する飼い主様もいらっしゃいますが、状況に応じては皮下補液は有効な治療になると思います。
猫伝染性腹膜炎の腹水は感染や循環不全を起こして溜まるわけではなく、免疫異常からくるものです。
心臓や腎臓などの循環器は全く問題がないことがほとんどなので、皮下補液はむしろ頻回に行った方が、脱水の抑制にはなると思います。
猫伝染性腹膜炎にて起こる免疫異常を鎮めるためのステロイドを使用すると幾分体調は整いやすくなります。
ウイルス性の疾患だとインターフェロンを使用するのがセオリーなのですが、個人的には効果はあまり感じられず、値段も高いのであまり使用はしません。
いずれにしても完全治癒することはなく、緩やかに状態は低下していくので、猫の状況を見て負担がならないような治療を検討するのが猫にとっても誠実な治療になると思います。
ちなみにコロナウイルスは消毒薬などの耐性が弱いため、水洗いだけでもウイルスは失活してしまいます。
まとめ
そこにそういった病気が確実にあるのにもかかわらず、あることを証明できないというのはかなり奇妙な話ですが、多くの飼い主様、そして当の猫たちがこの病気によって苦しんでいることは事実です。
セカンドセレクトではそういった不治の病を患った動物たちの治療を今後ともできる限りサポートしていきたいと思っています。
往診などできる限り負担のならないような治療も可能ですので、なにか気になることがあればいつでもご連絡ください。